ヘルクレスの冒険

ヘルクレス座のモデルとなったのは、ギリシャ神話に登場する半神半人の英雄ヘルクレス(ヘーラクレース)です。ギリシャ神話の中で多くの活躍をした武勇に優れた人物で、名前だけでも知っているという方も多いでしょう。
ヘルクレスは大神・ゼウスの父と人間の母を持ち、その生い立ちから、死ぬまでゼウスの妃・ヘラの恨みにつきまとわれます。武勇に優れ多くの功績を残したヘルクレスですが、彼の人生は波瀾万丈なものでした
日本語では「ヘラクレス」と呼ぶことも多いですが、この記事では星座名に合わせて、以下「ヘルクレス」で統一します。
ヘルクレスの誕生
大神ゼウスは人の力を必要とし、繋がりを求め人間の乙女アルクメネーに目を付けました。アルクメネーは婚約者に扮したゼウスと契りを結び、神と人の子ヘルクレスと本当の婚約者との子を同時に生みます。
ゼウスにとってヘルクレスは神と人の血を継いだ大事な戦力です。しかし人はすぐ死んでしまいますから、ゼウスの正妻ヘラの乳を飲ませて不死を与えようとしました。
「痛いっ!!」
寝ているヘラの乳を吸うヘルクレスの力はとても強く、ヘラはびっくりして飛び起きます。ヘラはゼウスの浮気相手の子・ヘルクレスに対し怒りの感情を爆発させました。その怒りは毒蛇となり8か月のヘルクレスが寝ていた籠に放たれますが、ヘルクレスは怪力でその毒蛇を真っ二つに引きちぎってしまったのです。
ヘルクレスの力を喜んだのはゼウスです。このまま育てば大きな戦力となるでしょう。さらに腕を磨かせ知識を得るために、ヘルクレスを賢者キロンの元で育てることにしました。
立派に育ったヘルクレスは妻を迎え、子供にも恵まれ幸せに暮らしていました。しかし、ヘラはまだ彼を許すことができません。その憎しみは深く、ついに呪いの言葉はヘルクレスを狂わせてしまいました。
狂気に支配されたヘルクレスは、愛する妻と子供をその手にかけてしまいます。正気にもどった彼はとても悲しみ、後悔しました。そして罪を償うために科せられた、たくさんの試練をこなす旅に出たのです。
ヘルクレスの12の試練
第一の試練 ネメアの森に棲む人食い獅子退治
詳しくはしし座の神話を参照
獅子を退治したヘルクレスは固い毛皮を手に次の試練へと向かいます。
第二の試練 友情も踏みつぶす不死のヒドラ退治
9つの頭を持った不死のヒドラは、その吐く息に猛毒を含んでいると言われています。ヒドラの頭をひとつひとつ剣で落としていき、復活する前に従者が持っていた松明で切り口を焼き付けました。この時足元に大きな蟹が1匹現れましたが、ヘルクレスは邪魔そうに踏みつぶします。(この蟹はかに座の神話の主人公です)
「いくつ頭があったところで、俺には関係ない」
不死である最後の頭をたたき落とし、復活しないように地面に埋めます。そして残された体を切り裂いて、猛毒を含んだ血を持っていた矢の先に塗り毒矢を作りました。
第三の試練 女神の戦車を牽くための牡鹿
女神アルテミスは山中で黄金の角と青銅のひづめを持つ牡鹿を見つけました。自ら4頭捕らえ自慢の戦車を牽かせます。しかしあと1頭はとても足が速く捕まえられず、ヘルクレスがその1頭を捕まえることになりました。
「生け捕りほど気を使って疲れる試練はない」
アルテミスが牡鹿を殺すことを禁じたので、自慢の弓矢が使えません。ヘルクレスは1年がかりで追い続け捕らえた後、アルテミスに捧げて次の試練へと向かいました。
第四の試練 大猪退治とケンタウロス族
田畑や農村を荒らしまわる大猪を捕まえるため、エリュマントス山の近くまで来ました。その途中ケンタウロス族と揉めてしまい、そして師匠であるキロンを誤って毒矢で射抜いてしまったのです。(詳しくはいて座の神話を参照)
「大猪を捕らえることなんて、師匠を助けることより簡単だった」
その後大猪は雪原に追い込む罠を使い捕まえることが出来たヘルクレスは、救うことのできなかった師匠に後ろ髪を引かれつつ山を去りました。
第五の試練 3000頭の牛小屋掃除
次の試練は30年間掃除されたことのない牛小屋の掃除です。ヘルクレスは1日でここを綺麗にしたら10分の1の牛をもらう約束で掃除を始めます。
あまりの汚さにこのままでは時間がいくらあっても足らないと考えたヘルクレスは、近くにある2つの河から一気に水を引き入れることにしました。大量の水で一気に汚物は流され、30年分の汚れがきれいさっぱりなくなります。
約束をした牛の飼い主はあまりに荒いやり方の掃除に呆れ、牛をヘルクレスに渡しません。ですが彼がそれを許すわけがなく、牛の飼い主はそのまま殺されてしまいました。
「掃除ができないやつは約束も守れない」
第六の試練 軍神が飼っていた怪鳥退治
軍神アレスの買っていた怪鳥は人を襲い、田畑に毒のある排泄物をまき散らしていました。退治するために巨大な青銅製の鳴子(鳥脅し)を作ってもらい、怪鳥を驚かして飛び立たせます。
「動く的であっても、俺の弓の前では敵じゃない」
ヘルクレスはヒドラの毒矢で怪鳥をすべて打ち落としていき、あっという間に退治してしまいました。
第七の試練 王妃が恋する牛
神はミーノース王への罰として彼の妃が牡牛に恋するように狂わせました。美しい姿をしていますがとても猛々しく凶暴な牡牛です。ヘルクレスは捕まえるため王に協力を求めますが、拒否されてしまいました。
「恋をするほど美しくても、牛は牛だ」
結局ヘルクレスは素手で牡牛と闘い、そのまま連行していきました。
第八の試練 人を食べる馬
軍神アレスの子・ディオメデス王が旅人を捕まえては、自分の馬にその旅人を食べさせていました。ヘルクレスはその王が率いる軍と闘い勝利します。
「馬に人を食べさせるなんてなんて悪趣味だ」
ヘルクレスは「これで最後にしろ」と馬に王の亡骸を食べさせ、連れ帰ることにしました。
第九の試練 アマゾン女王の腰帯
ヘルクレスは他の勇者を募り、女ばかりの国があるアマゾンへ向かいます。女王はヘルクレスのことを気に入ったので、条件をのめば腰帯を渡してくれると約束してくれました。その条件はヘルクレスを含めた勇者たちの子供を、自分の一族に生ませることです。
手厚い歓迎をうけていたヘルクレス一行ですが、ヘラが一族の一人に扮し女の中に混ざっていたのです。ヘラは女たちにヘルクレスが女王を拉致しようとしている、と噂を流しました。女たちは噂を信じ、ヘルクレスたちを攻撃し始めます。
「女のうわさは本当に怖い」
結局、ヘルクレスは女王を殺してしまい、その腰帯を手に入れることになりました。
第十の試練 山脈を割り、牛を捕獲
この旅をしていてどれだけの牛の相手をしてきたでしょうか。その牛は紅色の島に住んでいて、巨人と双頭の番犬・オルトロスに守られているといいます。ヘルクレスはその島に向かいますが、目の前に立ちはだかる山脈がとても邪魔でした。なんと遠回りを嫌がったヘルクレスは、その山脈を二つに割ってしまったのです。
島に着き巨人とオルトロスを簡単に退治してしまうと、そのまま牛を生け捕りにしました。
「俺の邪魔をするものは、山脈だろうと許さない」
牛の持ち主がヘルクレスの後を追ってきましたが、「邪魔だ」と毒矢の餌食となってしまいました。
第十一の試練 黄金の林檎
次の試練は林檎探しです。この林檎はゼウスとヘラが結婚するときに、大地神ガイアが贈った黄金の林檎です。ヘルクレスはどうやってもこの林檎を見つけ出す事が出来ませんでした。そこで林檎のありかを知っているというアトラスの元へ向かいます。
アトラスは天球を支え続ける罰を受けている最中だったので、林檎探しについていくことは出来ません。そこでアトラスはこの天球を自分の代わりに支えていてくれるなら、林檎を探し出して持って来ようと提案しました。ヘルクレスは承諾し、天球を代わりに支えることにしました。
「天球と試練とどちらがつらい罰なのだろう」
林檎のありかを本当に知っていたアトラスは、すぐに林檎を探し出して戻ってきます。ですがアトラスはもうこれ以上天球を支える罰が嫌だったので、代わりに林檎を持っていくといいだしました。ヘルクレスは天球を持つ位置を変えたいから少しの間天球を持ってほしいと頼みます。そしてアトラスに天球を渡した隙を見てさっさと林檎を持ち逃げました。
最後の試練 冥界の番犬ケルベロス
12番目の試練は冥界の番犬ケルベロスを連れてくることです。冥界の王ハデスはケルベロスを傷つけないならば連れて行っていいと言ってくれました。ヘルクレスは今まで試練を出し続けていたエウリュテウス王の前にケルベロスを差し出します。しかし王は気が小さいのでケルベロスを見てかごの中に隠れてしまいました。
「連れて来いと言ったのに、隠れないでくれよ」
こうしてヘルクレスは出された試練を全うし、罪を償い終えたのです。
ヘラクレスの最期と神への変化
その後、ヘルクレスは妻をめとり平和に暮らし始めました。ふたりで旅に出かけたある河で、ケンタウロス族の渡し守と出会います。
その時渡し守が血迷い、ヘルクレスの妻をさらって逃げようとしました。ヘルクレスは毒矢で渡し守を射抜きます。渡し守は死ぬ間際、妻にささやきました。
「ヘルクレスの愛が離れそうになったら、俺の血をあいつの衣服に浸して着せればいい。そうすれば愛を取り戻せる」
妻は半信半疑でしたがヘルクレスに内緒でその血を取っておくことしました。
それから幾年月たち、ヘルクレスが他国の王女を捕虜として連れ帰った時に、妻は渡し守の血を使ってしまったのです。
ヘルクレスが血のしみ込んだ衣服を着ると、体温でその血に含まれる毒が体に染み込んでいきました。あまりの苦しさにヘルクレスは大暴れをして衣服を脱ごうと試みますが、焼けただれて体から離れません。妻は騙されていたことに気づき、自ら命を絶ってしまいます。ヘルクレスは叫びました。猛毒で苦しみも取れず、最愛の妻がなくなってしまったのです。
ヘルクレスは苦しみながらオイテー山に登りました。薪を積み上げ、旅を共にした棍棒を枕にし、毛皮を体にかけて横になります。そして最期に従者に命じました。
「火をつけてくれ」
その表情はとても穏やかで、従者は悲しみながらも薪に火をつけました。
こうしてヘルクレスは亡くなり、神々は偉大なる英雄を失ったことを悲しみました。しかしゼウスは明るく宣言します。
「ヘルクレスの人の部分は死んだ。しかし気高い神の部分はまだ残っている」
ヘラははじめその言葉に嫌な顔をしました。しかし神の部分だけ残ったのならもう憎しみをもつ必要はありません。ヘルクレスを許し、神となった彼に自分の娘を妻として与えることにしました。
たくさんの神や人たちと関わった英雄は、神となり今も空で活躍しています。
おはなしにまつわる星座
ヘルクレスの冒険に登場する人物の中には、星座になったものもいます。